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福島訪問レポート

3月10日~11日に福島県で開催された東日本大震災の追悼復興イベント「SONG OF THE EARTH 311-FUKUSHIMA 2024-」に協賛しました

 

今年は音楽ライブや災害復興シンポジウム、キャンドルナイト、大凧あげなどが実施されました。

能登の避難している方々もバスツアーでこの福島のイベントに招待されており、

被災者同士の交流の場にもなっており、非常に素晴らしいイベントでした。

 

 

当社は開催の理念に賛同し、2020年から協賛しています。

当社ブースにも多くのお客さまが来訪されて、当社電力へのお切り替えを申し込まれる方もいらっしゃり、再生可能エネルギー促進への想いを直接お聞きすることが出来ました。誠にありがとうございました。

 

「SONG OF THE EARTH」について

一般社団法人LOVE FOR NIPPON 代表 CANDLE JUNEさんが、 新潟県中越地震をきっかけに2008年から開催している被災地復興支援イベントです。2011年の東日本大震災以降、毎月11日の月命日に福島県で地元住民とのコミュニケーションを大切にしながら継続的な支援を続けています。現在は能登半島地震支援を現地にておこなっています。

 

福島県の東日本大震災被災地を訪問

「SONG OF THE EARTH」開催翌日、3月12日に、富岡町、双葉町、浪江町、南相馬市などの東日本大震災被災地に訪問しました。あれから13年経ち、現在どうなっているのか。

 

最初に訪れたのは、富岡町にある夜の森駅。夜の森の桜並木は桜の名所として有名で、富岡町の“誇り”の桜トンネルです。始まりは明治時代の植樹に由来し、樹齢80年以上の木も多く、幻想的な雰囲気で観桜者を魅了するようです。

 

 

夜の森の桜並木がある地域は、東京電力福島第1原発事故に伴う帰還困難区域のうち、福島県富岡町の特定復興再生拠点区域(復興拠点)となっていましたが、2023年4月1日午前9時にその避難指示がやっと解除されました。震災以降、家屋や商店が次々と取り壊されて更地となり、倒壊する危険のある建物には今もバリケードがされており、今もその傷跡は色濃く残っていました。

 

 

 

 

 

 

 

富岡町をあとに、次に訪れたのは双葉町。東京電力福島第一原子力発電所が立地する双葉町は、13年前の震災による原発事故のあと町の全域に避難指示が出され、95%が「帰還困難区域」に指定されました。震災当時約7,000人あまりいた住民の数はゼロになりました。

 

帰還困難区域の一部の避難指示が2022年8月30日に解除されてから約1年半、震災から13年経過した現在で住民の数は約100になっています。廃墟と化したビル、倒壊する危険のある建物もまだまだあります。帰還困難区域の境界に設置しているバリケードを目の前にした時、「バリケードの向こうで朽ちていくわが家」を持つ方々の気持ちを考えると胸がつまりました。13年が経過した今も、まだまだ東日本大震災、原発事故の問題は全く終わっていないことを改めて感じました。

 

 

 

 

 

次に訪れたのは南相馬市。浜通りに位置し、小高区、原町区、鹿島区の3つの区で構成されています。東日本大震災の際には沿岸部が津波の被害を受けました。

さらに、東京電力福島第一原子力発電所の事故の影響で、小高区のすべてと原町区の南側一部が第一原発から半径20km圏内の警戒区域となり全住民が避難。残りの原町区と鹿島区の一部が半径20km以上半径30km圏内の計画的避難区域及び緊急時避難準備区域となったまちです。

 

そんな南相馬市で最初に訪れたのは、南相馬市小高区にあるおれたちの伝承館です。

 

 

おれたちの伝承館は、写真家 中筋 純さんが代表をつとめる、仲間や被災地域の方々と協働し、原発事故を伝承することを目的としたアートミュージアムになります。

 

 

※展示されているアート作品一例

 

 

敷地内には、中筋 純さんが作成された福島第一原発に向いた矢印のオブジェがありました。3月11日午後2時46分に、地域の方々とここに集まり、原発事故によって分断された人々が、再び手を取り合える未来を願って黙とうをされたとのこと。館内には、様々な原発事故へのまなざしが表現された作品があり、作品を通じて人と人とが繋がりあえる、非常にアットホームな空間になっています。訪問時、ご近所にお住いの方や、大学生のグループなど、中筋 純さんを囲うように色んな方が集まり、時に談笑しながら、震災に対する想いを交わしていました。

 

 

 

最後に、当社でご契約頂いている発電所「みさき太陽光発電所Ⅴ」のオーナーであり、NPO特定非営利法人「野馬土」代表理事も務められる三浦 広志さんにお会いしました。発電所は、南相馬市小高区井田川という、福島第一原発から12km、太平洋の海岸から1kmの場所にあります。東日本大震災以前、家や畑、ビニールハウスが津波で流れた跡地を整備し、この場所に合同会社みさき未来・特定非営利活動法人野馬土と併せて260kw程の規模で太陽光発電設備を設置し、当社とご契約いただいています。

 

 

農事組合法人 浜通り農産物供給センターの代表理事として、お米や野菜の産直に取り組まれていましたが、震災後、強制避難となり、避難所や仮設住宅で3年ほど暮らした後、2011年4月に隣の相馬市で農事組合法人 浜通り農産物供給センターを再開し、政府機関や東京電力などと交渉を重ねながら、太陽光発電事業に乗り出して法人の経営を安定させた方です。

 

「農業の担い手の拡大が地域を元気にする」、「あえて、いま、福島だから、楽しい農業ができる」とし、福島での農業を新規に営む若者を募っていることを、本当に生き生きと明るく語られていました。

 

 

震災から13年「原発事故」が抱える未解決問題(汚染水や燃料デブリなど)についても最近ニュースで取り上げられる機会が減少し、なかなか生活で実感することも少なくなってきました。今回、福島の東日本大震災被災地に訪問して、改めていまだ解決していない課題が多くあることを肌で感じました。それを受けて、「自分には何が出来るのか」を考え、少しでも行動に繋げたいと思います。

 

 

撮影/執筆

パーソナルSX部 黒川聖

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